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ライトノベルは斜め上から(11)――『Re:バカは世界を救えるか?』

ライトノベルは斜め上から

こんばんは、じんたねです。

やわやわしましょう。眉間のシワが増えちゃいます。

 

さて、本日はコチラ!

Re(アールイー):  バカは世界を救えるか? (富士見ファンタジア文庫)
 

 

 

解題――世界の中心でアイを叫ぶために

 

 

1.ライトノベル「らしい」ライトノベル

本作品、とても、とても王道中の王道を走る物語が特徴です。これは強調してもしすぎることがないくらい王道を進んでいます。

 

主人公は中二病キャラで、クラスから浮いている。だけど、ある日突然、曲がり角で金髪美少女ヒロインとぶつかり、異能バトルに巻き込まれていく。怪しげな組織、いざというとき頼りになりそうな男友達、なぜか気にかけてくれる幼馴染の美少女、組織内の(美少女)の仲間たちとの同居、ライバルとの戦い・敗北・リベンジ、最後はヒロインの転校で、続編へとつなげるエンド。

 

多くの人がイメージするライトノベル「らしい」――たとえば、キャラ中心で話が進み、文体も軽妙であり、主人公の独白が多い――部分が、本当に多い。

 

ただ王道ではない部分を指摘すると、主人公の中二病キャラという設定があるため、王道展開に入る直前になると、その展開自体へのセルフツッコミが入ります。ヒロインとのお約束である同居のシーンも、ここでラブコメ展開だと自ら息巻いていますから。

 

 

2.青春コミュニケーションの内実

さて、そんな本作品ですが、私がとても興味深かったのは、その時代性です。これが出版されたのは2010年と、最近といえば最近なのですが古風だと感じました。たとえば、それはキャラ同士のコミュニケーションに、よく表れています。

 

次の引用は、主人公がしんどい時期に、それを心配する幼馴染との会話です。

 

「なんだなんだ。お前がいきなり幼馴染っぽいことをすると酷く気持ちが悪いぞ」

(中略)

「それは、幼馴染として心配だよ。君の九八%は妄想でできているようなものだし、いつかその妄想をいたいけな一般市民にぶつけて、私にまで火の粉を被せてくるんじゃないかと恐ろしくてたまらない」

(中略)

 日常が目の前にあることに、光一は気づかぬうちに安堵していた。

 照れくさそうに頬を掻いて、

「サンキュな……」

 と、声を抑えて呟く。(178-179頁)

 

読まれてみてどうでしょうか。私は、現在主流となっている主人公とヒロインの会話とは、ずいぶん違うと思いました。どこが違うのか。

 

主人公はちゃんとお礼を言っています、幼馴染の気遣いに留意して

幼馴染は、自分が気遣っていることを隠しません、恥ずかしそうにはしても

 

かなり違いませんか? 東浩紀さんが、ずいぶん前に指摘していたことなのですが、現代はメタ視点にたって、物語から距離をとる作風が主流を占めているそうです。それは魔法を使って活躍する物語を「魔法少女モノ」だとカテゴライズしたり、未知のモンスターや冒険や魔法にあふれた物語を「異世界モノ」として距離をとったりする。

 

あるいは。主人公が醒めていて、その作中内の「ご都合主義的展開」にツッコミを入れたり、ヒロインの気持ちをはぐらかすためにボケ&ツッコミトークへとずらしたり、ヒロインを「ツンデレ」とはやし立てることでシリアスな関係構築をぼかしたり。数え切れないでしょう。

 

作品設定上、主人公は中二病のはずなのに、人間関係がいたく真面目です。俗にいう「こじらせていない」んですね。彼が、成長して、社会人になって、家庭を持って、子をもうけて、といった「まっとうな大人」になるとしても、違和感がありません。これは『化物○』の主人公と対比すれば、一目瞭然です。

 

古風、という言い方は誤解を招くかもしれませんが、こんな主人公がいてくれてよかったと、読みながら安心感を覚えました。

 

3.主人公はどうやってエヴァンゲリオンに乗るようになるのか

そして本作を駆動する、作者の格闘のあとが見られる、最も、困難な、命題――主人公の動機付けについて触れようと思います。

 

ロボット作品の課題として、主人公がどうしてロボットに乗るようになるのかという問いがあります。考えてもみれば分かることですが、いきなりロボットが目の前にあらわれて、それに乗る。よっぽどのことがなければ乗りません、だって不安じゃないですか。日常が非日常に変わってしまうなんて考えたくもないでしょう。それがどんなに嫌な日常だったとしても。

 

本作の主人公は、ヒロインに頼られることによって、そして自分の中二病スピリットにしたがって、異能バトルの世界に首を突っ込んでいます。ですが、やはり無理がある。平凡な彼が、いきなり命を懸けた、わけの分からない場所に、どうして参加しようとするのか。

 

中二病によって、本当にクラスから孤立して、人格的にもギリギリ、というのであればまだ分かる。でも彼には理解ある幼馴染や男友達(2人)がいる。性格もいたって素直(仮に、そんな性格の主人公だとすれば――ヴィランとしてならあり得ますが――ヒーローとして読者に共感させることは難しくなります)。日常を賭して、非日常へ向かう動機が弱いんですね。

 

これは本作品を貶めているのでは、決してありません。日常から非日常へと、どのようにして主人公が身を託すようになるのか。これは昔から続く難問であり、未だ理想的な解決を与えられていないアポリアでもある。ここに飛躍があるのは、むしろストーリーにギャップを持ち込んで面白くするための、いわば必然の難問

 

あの矢吹ジョーだって、ボクシングを始めるまでには、ずいぶんと放浪し、迷い、ドラマがありました。裏返せば、それだけ非日常へとジャンプするための助走がなければならなかったということでもありますから。

 

その難問に中二病設定で真正面から取り組んでいる作品なのです。

 

4.おわりに

とりとめのない感想ばかりになりました。本作品、王道であるがゆえに、ヒネリやアクセントを求める人には不向きかもしれません。しかし、作品全体に流れる、キャラクターへのまなざしが、とてもゆんわりとしています。その柔らかさは、これまで私が読んできたものには、あまりありませんでした。気持ちの落ち着く王道作品として、とても新鮮でしたし、「ライト」に読みたいという方には、おススメの作品です。

(文責:じんたね)

 

そして次回作はコチラを読ませていただく予定です。

青雲を駆ける (ヒーロー文庫)

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