ライトノベルは斜め上から(14)――『魔法中年っ!』

こんばんは、じんたねです。

最近、冷え込んできましたね。

 

さて、本日の作品はコチラになります!

魔法中年っ!

魔法中年っ!

 

  

 

解題――流れるようなライトノベル

 

 

1.作品概要

たとえ悪魔と契約してでも、美少女になりたい——

三十歳の誕生日を迎えた童貞系男子、加藤椎作。彼は失意の中、火のついた蠟燭をケーキに立て、ふと呟く。

「時よ止まれ、僕は醜い……」

それは悪魔を呼び出す呪文であった。悪魔の手ほどきによって美少女となった彼は、そのままの勢いで魔王軍に雇われる。彼に課せられた任務は、ダレイオス女学院に潜入し、聖少女の力を奪うこと。待っているのは、幸福な世界か、それとも……

 

 

2.流麗な文体

本作品は、商業作品ではなく、いわゆるKDPとよばれる電子書籍の場に挙げられている作品です。ライトノベルと作者ご本人がカテゴライズされているので、それに甘えるかたちで、ここで取り上げます。

 

作品の特徴は、もう概要をお読みいただければ一目瞭然。中年男性が美少女になって女学院でアレやコレやを経験するというものです。とはいえ、すぐに注釈が必要となりますが、R18な展開はなく、ちゃーんとドキドキする展開に交えながら、謎解きのようにお話が進んでいきます。

 

TSものとしてのツボを抑えつつライトノベル的な萌えも盛り込まれており、かつ、流れるように読みやすい文章が、とても魅力的です。会話文が多いわけでもなく、一人称の、とりわけ独白や考えが続くのですが、まさに水が流れるが如く。

 

この読みやすさの理由は、おそらく書き手の、ゆっくりとした思考と、丁寧に積み上げていく言葉が、1つ、また1つと文章を読み続ける負荷を、最小限にしているからだと思います。ほんとすごい。

 

3.流麗な文体の「さき」――中年男性の自我

そして、その文体が表現しているものは、中年男性のものの感じ方。これを本当に丁寧に描いてくれます。たとえば、人間関係の苦手な女性から、主人公は話しかけられ、そのことを次のように感じています。

 

コミュニケーションを不得手とする人とは、響き合うものがある。彼女は僕と同じで、人付き合いがとても下手なのだろう。僕はそれでも一日の長がある。なるべく異常でないやりとりを心がけるようにすれば、それほど異端視されない程度には他人とコミュニケーションをとる術を身につけてきたつもりだ。……仲良くなるためには、自然ではない、努力の要る道のりがあるのだろう(電子書籍のためページ数未定)。

 

読みながら「ああ、そうだわ」と、うなってしまう。コミュニケーションが得意な者同士より、苦手な者同士のほうが、そこに奇妙な連帯感が生まれる。表層的な技術をなんとか身につけてやりくりし30まで生きてきたという、この揺るぎない質感

 

この作品は、TSモノとしても面白いのですが、私がなにより特徴的だと思ったのは、淡々とした筆致で、30代男性で負け続けてきた人生を歩んだ者に対する、哀歌となっていることではないか。そう考えています。

 

たとえば。

 

とあるシーンで、主人公は女友達の愚痴を耳にします。彼女たちは、数学を教えている尾口先生が「気持ち悪い」と悪しざまに言います。ここで尾口先生と、男としての主人公は、容姿がひどく酷似しており、他人事とは思えない、という設定になっています。引用しましょう。

 

 僕も尾口先生は苦手だが、尾口先生の教え方がまずいとは僕は思わない。普通のことを普通に教えている、普通の力量の教師だと思う。……/[女友達の悪口を聞いた直後:じんたね注]気にしてはいけないと、必死に自分の心を抑えた。誰だって他人の悪口は言うものだ。僕だった同じで、本人のいない前で、恨み辛み、あることないこと、不満のはけ口のように言うことがあった。他人をとやかく言えるような立場じゃない。それにこれは僕に向けられた言葉じゃないのだ。でも、いくらそう思いこもうとしても、僕の気持ちが沈んでいくのは止められなかった……僕は胸のうちに沸き立つ感情を堪えきれなくなった。僕の両目からはぽたりぽたりと涙がこぼれ落ち、喉の奥から押し出される嗚咽も抑えることができない。……/「ち、ちがっ……ご、ごめん、誰かの、悪口とか、聞きたく、なかった」(電子書籍のためページ数未定)。

 

主人公は、彼女たちの発言が、事実かどうかをまず慎重に判断しています。数学を教えるのが上手なのか下手なのか普通なのか。そして彼女たちが、そういった男性に向けて、どんな感情を抱き、悪口を言い合って、友だちとの絆を強めているのかも、冷静に見ている。

 

ここでどちらの立場にも主人公は、冷静にも、立っています。

 

なのに。悪口が続くことで、冷静になろうとしている自分を支えられなくなっていく。そして最後に爆発してしまうのですが、それは彼女たちに対する敵意ではなく、可能な限り冷静であろうとし続けたすえの、じわじわとあふれ出るような感情。

 

丁寧な気持ちの動きを追いかけることが、どれほど大切であるか。この作品を読むことで気づかされます。

 

4.おわりに

紙媒体で出版されていて、その内容を知っていたら、そのまま買ってしまっていたでしょう。それほど面白い本作品が、100円足らずで購入できます。KindleスマホでもPCでも無料でアプリをダウンロードできます。ぜひ、一読を強くおススメします。さあ私に「フォロミー」!

 

・・・なんだかステマみたいになっちゃった。

 

さて、次回取り上げる作品はコチラになります。