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ライトノベルは斜め上から(12)――『青雲を駆ける』

こんばんは、じんたねです。

今、ヴィーラに会いたい。そんな気持ちでいっぱいです。

 

さて、本日お世話になる作品はコチラ!

青雲を駆ける (ヒーロー文庫)

青雲を駆ける (ヒーロー文庫)

 

 

 

解題――理性の光は、暗闇を照らす

 

 

1.作品内容

 

「小説家になろう」で大人気の異世界ファンタジー。異世界に迷い込んだ男が鍛冶師の技術を武器に村と大切な人たちのために力を尽くす。

 

現代日本において、ほんのわずかにしか残らない野鍛冶の技を持つ男エイジ。

気がつけば記憶もなく、見知らぬ場所に立っていた。

そこは鉄器ではなく、青銅器が使われている世界。暮らしは貧しく、技術は未熟な異世界だった。

ひょんなことからエイジは美しい未亡人のタニアと同居することに。二人の距離が近づくのに時間はかからなかった。

隣家に住む猟師のマイク、村の大工フェルナンドなどの村人に助けられながら、エイジは村の試練を受けることになる。

鍛冶師として働くため、何一つ設備も材料もない状態から、三ヶ月で作品を一つ作り上げ、その必要性を認めさせる必要があった。

粘土を集めて窯を作り、炭を焼いたり、原料の鉄鉱石を探しに山を駆け巡ったりと、行うべき作業は山のようにあった。

エイジはやがて村の一員として認められ、精力的な活動を続けていく。と同時に、エイジは領主から目をつけられてしまう。

生きて帰ってこれない、と忠告を受けながらも、労役という義務を果たすため、エイジは単身領主の町に向かった---------。

 

 

2.文化的ギャップという心地よさ

本作品は、広義の意味において、異世界モノと称することができますが、それだけでは作品のもつ素晴らしさを捉えきれないと感じました。

 

内容紹介にあるように、鍛冶屋の息子が、異世界に降り立ち、そこで現代の技術を伝えることで活躍する。ここには、人間の地道な努力に支えられた技術の勝利、という図式があり、魔法や魔物といった要素は登場していない

 

現代人がタイムトリップを果たし、過去の人間に、現代の技術力をアピールするという話がありますが、本作品においてはシンプルな図式ではない。

 

鍛冶屋になるには大変な努力が必要になります。技術を身体に染み込ませ、かつ、専門知識を学び、「食えない」専門家として生き続ける。ポケットから取り出したスマートフォンを自慢するようにはいかない。

 

主人公が異世界においてアピールしているのは、現代のテクノロジーでありながらも、努力に支えられた――多くの私たちにとっては目立たないけれど大事な――技芸なのです。職人芸を愛し、職人芸を養う。人間の技術への愛が、本作品全体を貫いています

 

 

3.農耕技術

そして、もう一つの大事なモチーフとして、人間の技術が、自然という脅威と戦うなかで培われてきたというメッセージです。

 

人間はずっと飢えや災害と戦いながら生きてきました。農耕が始まるずっと以前から。そこで安定を求め、自然の暴力に打ち勝つため、さまざまな技術を発明してきました。主人公は刀鍛冶の技術を受け継いではいますが、彼の活躍は、ほぼすべて農耕文化の遺産を持っていることによります。畑の耕し方、斧や鍬の作り方、水車の有用さ、石鹸の使用。そのどれもが、私たちの戦いの足跡であり、遺産でもあります

 

この戦いには、とにかく辛抱強さが求められます。自然というカオスに直面して、まずはその暴力に耐えなければならない。人間の命を、なんの理由もなく、理不尽に奪うもの。そして、次こそはと、そのカオスに秩序を読み取ろうとする。今の言葉でいえば科学ですが、天文学や数学といった武器のほうが代表的でした。

 

あらゆる現象には理由Reasonがあるはず。その理由さえわかれば、法則を読み取って、自然の驚異を回避したり、あるいはコントロールできる。この考え方こそ、人間の理性Reasonにあたります

 

その意味からか、主人公はとても理性的に振る舞います。我慢強いと言ってもいい。情欲や金や権力に溺れない。たなびくのは唯一、愛する妻と、職人気質の性格を満足させることのできるものづくり。これは作品のモチーフと軌を一にします

 

それだけではない。

 

魅力的に描かれるキャラクターのほとんどが、理性的です。そうではない素晴らしいキャラクターもたくさん登場しますが、人間関係の襞や内奥、あるいは政治的取引や駆け引きにおいて、光るやりとりをするのは、必ずといっていいほど、我慢強く、頭のいい人たちです。

 

 

4.ブラックボックスからグラスボックスへ

そして、本作品が、とくに胸を打つのは、現代のブラックボックスを照らし、その中身を解明して、グラスボックスにしてくれているからです。

 

とある人が指摘したことなのですが、現代の人々は、ブラックボックスに囲われながら生活をしています。もちろんブラックボックスという表現は比喩で、本当に真っ黒な箱をかぶっているわけじゃありません(箱男のような設定じゃないです)。

 

要するに、見えない部分が多い、ということです。

 

例を挙げましょう。たとえば、インターネットをしながらパソコンを操作しているとき。あるいは、職場で「○○課」に配属され、そこで仕事をしているとき。あるいはまた、学校で3年2組に所属しているとき。

 

私たちは、パソコンの詳しいメカニズムを知っているでしょうか。そこに込められたデザイナーの努力や奮闘を踏まえて使っているか。知らない人が多いでしょう(私もよく分かりません)。

 

「○○課」で仕事をしているとき、別の部署の資料が必要になって、担当者と連絡をとりあったとき、はじめて自分の課の業務が「ごく一部」であることを知ることがあります。3年2組にいれば、5年1組の状況は見えてきません。

 

これは私たちの社会が発展し、近代化を進め、分業制を採用したからに他なりません。

 

パソコンや会社や学校のすべてを知り尽くすことなど、到底できませんし、しようとすれば日常生活は送れなくなってしまいます。私たちはブラックボックスの部分があることを受け入れ、それに慣れ、疑問を持たないようにすることが、求められています

 

だが、それはトラブルが起きたとき、途端に厳しい状況をもたらします。

 

「ヨソはヨソ。ウチはウチ」で済ませられればいいのですが、そうはいかないときがある。そのとき初めて、自分たちがブラックボックスとして等閑視してきた、その箱の中身を、ライトで照らして見つめないといけない

 

辛い作業です。自分の知らないところに首を突っ込んで、知らない相手とコミュニケーションをとらなければならないのですから。

 

 

5.のうりんっ!

そのブラックボックス問題が顕著なのは、日本の農業でしょう。毎日のようにスーパーで買い物をし、食事をしていますが、それがどのような育てられ方をして、物流を経由して、食卓に並んでいるのか知らない人が増えてきた。切り身の魚が泳いていると答えた小学生の存在は、笑い話ではありません。

 

大人になれば、もちろん簡単な知識としては知っている。けど、じゃあ、自分でできるほど詳しいのかと問われれば、さっぱり。おそらく畑一つ管理できないでしょう。

 

本作品は、私たちが情報化社会・消費社会のなかで生きている間でもその基盤には食があり、農業があり、農耕文化があり、それらの生みの親である自然と戦ってきた先人たちの理性的営みがあることを、ライトノベルという分かりやすいかたちで教えてくれています

 

 それは、エイジが知る現代と大して変わらない姿だった。時代が変わっても伝統的な工芸というのはその本質を変えないのだろう(164ページ)。

 

この一文は、本作品のエッセンスを表現しているのではないでしょうか。

 

 

6.作品のゆくすえ

現在、本作品は2巻まで出ていますが、完結でどうなるのか、とても気になっています。上述のような意味でも気になるのですが、それより1巻の最初の部分、主人公が異世界に消える瞬間、こう言っているからです。

 

だが、その三日後。/英二(主人公の名前。異世界ではエイジとなる:じんたね注)は何の予兆もなく、忽然と姿を消した(8ページ)。

 

どうして姿を消してしまったのか。その謎は明らかになっていません。あれほど刀鍛冶になろうと努力してきた主人公は、なぜいなくなってしまったのか。

 

・・・めちゃくちゃ気になるじゃないか!!

 

ということで、続きが気になって仕方ない、かつ、とても啓蒙的なライトノベルです。とりわけ都会にすまう人に、強くおススメしたい作品です。

(文責:じんたね)

 

次回作はコチラです!

あれは超高率のモチャ子だよ! (角川スニーカー文庫)

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