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ライトノベルは斜め上から(2)――『たま高社交ダンス部へようこそ』

ライトノベルは斜め上から

こんばんは、じんたねです。

本日も「ライトノベルは斜め上から」と題して、ちょっと変な読み方をします。

 

今回取り上げる作品は、

三萩せんや(著)・伍長(イラスト)『たま高社交ダンス部へようこそ』(角川スニーカー文庫、2015)

 

 

たま高社交ダンス部へようこそ (角川スニーカー文庫)

たま高社交ダンス部へようこそ (角川スニーカー文庫)

 

 

『たま高社交ダンス部へようこそ』解題――男女をこえてシャルウィダンス?

 

1.内容紹介

 さいたま高校に入学した平凡な高校生雪也は、「社交ダンス部」に思いがけず入部してしまう事になる。個性的なメンバーが活動するゆる~い部活に居心地の良さを感じていた雪也であったが、だんだんと社交ダンスの奥深さや楽しさにのめり込んでいく! そんな矢先、部活の統廃合を賭け、競技ダンス部と対決することになり!?

 

第20回スニーカー大賞≪春の選考≫にて特別賞受賞作!! ダンス&ラブコメの青春グラフィティが開幕!

 

2.馴染みのない題材と、緻密な構成

 本作品はタイトルにあるように社交ダンスがテーマとなっています。

「社交ダンス」といえば、若い人の趣味というよりも、年齢を積み重ねた方たち向け、という印象を持たれがちですし、実際、私がわずかに経験した範囲でも、競技人口の平均年齢は高かったように思います。

 

それを青春モノ、ボーイ・ミーツ・ガールの題材として取り上げたことが、まず、何よりもびっくりさせられます。

 

社交ダンス経験者のライトノベル書きの私としては、「誰もやっていないだろうから、いつかのんびり書こうと思っていたのに先を越された!」という悔しさもあり、読まずにはおれませんでした。

 

そんな若い人にとってとっつきにくい題材を描くために、本作品には様々な工夫がなされています。どれから挙げてもいいのですが、たとえば、

 

○ボーイ・ミーツ・ガールに必要なライバルの存在

○スランプや怪我といったスポーツを題材とした場合は欠かせないであろう障害とそれを克服するまでのドラマ

○ヒロインとの葛藤や距離を縮めるまでの物語

○2巻以降もスムーズに展開できるであろう魅力的なキャラクターたちや、それを含んだ設定

○各章ごとの文字数のバランスや伏線のきれいな回収の仕方

 

などに気づかされます。

 

「シャルウィダンス」で始まり「シャルウィダンス」で終わる、見事なストーリー展開でした

 

そして、最も重要なのは、社交ダンスについて深く描き過ぎない抑揚の効いた筆致ではないでしょうか。細かいステップの相違や、それにまつわる専門的知識が、禁欲的に排除されています。踊ったことのある人間であれば、もっとダンスの中身について描きたくなってしまいがちですが、読ませる工夫として、深みに入り込まないという工夫がなされています。

 

3.主題の顔は見えるのか

あらゆるジャンルには、それ特有の王道といったものがあると、私は考えています。ボーイ・ミーツ・ガールにはボーイ・ミーツ・ガールの、法解釈には法解釈の、クラシックにはクラシックの、ビラの宣伝文句にはビラの宣伝文句の、論文には論文の、スタンダードがあります。

 

そして、スタンダードとは、いわば型として機能します。「これはボーイ・ミーツ・ガールだから、そう読んでくださいね(そう書けばいいですね)」といった風に、書き手・読み手を、果てしなく無限で多様な解釈から解放して、水路づけを行ってくれます。

 

ただし、型は同時にマニュアルでもあり、書き手・読み手の固有性を奪ってしまうというマイナス面があります。みなさんも経験がないでしょうか。たとえば面接会場において、まったくマニュアル的で模範的な答え方をした人が、無個性であると評されるようなことを。

本作は、その禁欲的なまでに整った筆致から、さらっと読んだだけではマニュアル的に見えてしまうかもしれません。

 

しかし本作品には、綺麗な外観からは想像もできないほど、強い問題意識があると考えています。

 

4.男と女でなければならないのか

社交ダンスは疑似セックスだ」――私が社交ダンスを教わっていた先生は、そう説明しました(そんとき、「セクハラで訴えてやろうか」と思ったことはナイショ♡)。

それは本作品内でも言及されておりますし、なにより、社交ダンスというスポーツの独自性でもあります。

 

ペアは必ず男女でなければならない。

しかもそのステップは、スタンダードであれラテンであれ、性的な記号がふんだんに散りばめられている。

 

本作品は、この男女コードに対する挑戦が意図されているのではないか。

 

物語の主人公は男性であり、件の社交ダンス部にたったひとりの男です。その条件が縛りとなってストーリーを引っ張っていきますが、周囲に視線を向けると、不思議な存在感を放つキャラクターたちが。

 

まずアニメ大好きコスプレイギリス人のフィオナ。彼女は、女性としてとても魅力的な描かれ方をしていますが、実は高身長です。男女がペアとなるとき、女性の高身長は見栄えが悪いとされています。そんなフィオナが、いつでも元気印でいる。

 

次に主人公の友人です。彼(?)は、自意識も身体も男性であるにもかかわらず、容姿や衣装は女性そのもの。初対面では女の子にしか見えないという設定です。補足しておきますが、いわゆる「ボクっ子」というキャラではありません。

 

フィオナが元気なのには理由があるのか。彼女のキャラの掘り下げと同時に、男性パートナーとしてダンスホールに立つシーンがあるのではないか。

主人公の友人は、たま高社交ダンス部に入部し、主人公のパートナーとして出場したり、また女装をといて踊ることへの葛藤のドラマがあるのではないか。

 

それだけではありません。思い返してもみれば、ヒロインが社交ダンスを一度は諦めて、複雑な心境を語るときの台詞は、「男の手は取らない」。なぜ主語が、ケンカ別れしたパートナーの「あいつ」ではなく「男」なのか。

 

まだまだあります。主人公とヒロインが出会う、最初の衝撃的なボーイ・ミーツ・ガールのシーンですが、そこで主人公はお尻のカタチをほめられます(いいぞいいぞ!)。これは一般的なラノベなら逆です。主人公がセクシャルな言動をとってしまい、それに対して、反発や抵抗のリアクションをヒロインがとる、というスタイルが圧倒的に多いからです。

 

ここまでくれば、私の仮説が、的外れではないことがお判りいただけるかと思います。男女コードの転覆が、作品内の基調になっている。

 

2巻以降、別の男性キャラがダンス部に入ってくることも考えられますが、私の読みではそうはならない。きっとこれからもあそこには男性は1人しかいない。そしてそれ故、ダンス大会に出場できるのは主人公とペアを組める人のみ。ここにハーレムラブコメへ「も」展開できる幅の広さがありますが、おそらく、男女ペアという縛りに対して、たま高社交ダンス部はさまざまな葛藤や悩みのドラマを、甘酸っぱい青春の香りとともに私たちに見せてくれると思っています。

 

もっと先が読みたくて仕方のない、たま高。全力でおススメです。

(文責:じんたね)

 

追記:次回は、なみあと(著)・景(イラスト)『宝石吐きのおんなのこ ~ちいさな宝石店のすこし不思議な日常~』ぽにきゃんBOOKS、2015)を予定しています。