ライトノベルは斜め上から(37)――『恋恋蓮歩の演習』
こんばんは、じんたねです。
本日も森博嗣は斜め上からをお送りします(?)
本日のお題はコチラ!
解題――会話文は語ってはならない
1.作品概要
航海中の豪華客船 完全密室から人間消失
世界一周中の豪華客船ヒミコ号に持ち込まれた天才画家・関根朔太(せきねさくた)の自画像を巡る陰謀。仕事のためその客船に乗り込んだ保呂草(ほろくさ)と紫子(むらさきこ)、無賃乗船した紅子と練無(ねりな)は、完全密室たる航海中の船内で男性客の奇妙な消失事件に遭遇する。交錯する謎、ロマンティックな罠、スリリングに深まるVシリーズ長編第6作!
2.ごく普通のプロットで、ごく普通ではない結論
本作品、ミステリー小説として分類することができると思います。というのも、ミステリーに詳しくない私がよんで、「ああ、あるある」な設定のオンパレードになっているからです。
曰わく付きの主人公、怪しいヒロイン(といってもどのキャラも怪しいですが)、主人公を目の敵にする刑事と冴えない部下、あまり当事者として関与しない説明係となる大学生たち、ブラフとして推理をミスリードするキャラクター、盗まれるための美術品を持ち歩いているお金持ち、その舞台となる豪華客船と密室トリックなどなど。金田一少年の事件簿や名探偵コナンで育ってきた人間としては、ああ、なるほどなあ、というかたちになっています。
そしてこれは推測ですが、ミステリーにありがちな密室設定をおきながら、わざと謎解き部分を話の核に据えることなく、その魅力的な人間模様にストーリーの結末を持ってきています。おそらくミステリーの謎解き要素を知的パズルとして楽しもうとする読者にとっては(もちろん、本作品の謎ときも、大変軽やかで素晴らしいのですが)、やや肩すかしを食らったような、どこか騙されたような感覚になるのだと思われます。
さきほど「これは推測ですが」と前置きをしました。私はミステリー作品をあまり読まない人間です。複数の登場人物が出てきたり、建物の構造にかんする描写が多いと、途端に辛くなります。そういった限界があって、ミステリーのお約束がピンとこない部分があります。きっと王道をきわどい角度でずらしているというのは肌で感じるのですが、どこをどうずらしているのかは、私には判じかねるところがありました。
私にはひたすらキャラクターの可愛らしさ――というと正確ではありませんね。作者が可愛らしく描いているキャラクターへの愛着が私にも伝わってきて「豪華客船とかいいから、こいつら早く無駄話しないかな」なんて思いながらずっと読み進めていました。それくらいキャラクターが可愛い、というより、作者が可愛いと思う可愛らしさが追求されていました。
ひたすら紫子が可愛いねん。
なんでおっさんについて行くん。ちゃうやろ、大学生に恋しようよ。練無君はあれな、自重しような。
3.キャラクターの無駄話:キャラが立っていれば、もう勝利したようなものだ
本作品、私にとってはとにかくキャラクター同士の無駄話が面白かった。とりわけ、多くのキャラクターが恋愛を軸にした行動パターンを持っているので、それもまた、とても好みでした。
無駄話の演出は、実は、とても難しかったりします。
多くの小説作品では、おおむね結論があってそれに向かってキャラクターたちは動きますし、ストーリーラインに関係のない会話に、どれだけの分量を割くか(ミスリード等を含めて)というのは、書く側としてはとても神経を使うからです。長すぎると退屈ですし、短すぎると無駄話にならない。ストーリーに関わりすぎると無駄話にならないし、ストーリーに無関係だと読む気が起きない。
本作品は「 」が多く使われています。これもまた書く側としても難しいものがあります。たとえばですが、
「それ」
「ん」
というやりとりがあるとします。これ、「 」だけだと意味がさっぱり分かりません。ですが、下のように補足を加えると全然違います。
「それ」
Aは机に転がっている飲みかけの缶ビールを顎で指す。普段ならもう頬が真っ赤になっているのに、今もまだ健康的な肌色。つまりAは飲み足りないのだ。
「ん」
そのことを察して、Bは缶ビールを手渡した。
これで状況が分かるようになります。「 」だけの読みやすさで組み立てようとすれば、状況の情報がかなり不足してしまいますし、それを補う工夫が必要になることが分かります。
「それ、うちの飲みかけの缶ビールとってや」
「ん」
と書けば、会話文だけでもかなり補足説明ができますが、しかし現実的には、「うちの飲みかけの缶ビール」とまで説明的な発言はしません。つまり「 」で連なる小説を面白く読ませるには、その辺の虚実を織り交ぜる技術が必要になってきます。
他にも、キャラクターたちの数を制限したり、場面移動を減らすという方法があります。「 」だけで描きやすいシーンの代表格は通話です。キャラクターが自然と一対一になり、「 」が続けば、発言者はABABと繰り返しであると予測が聞きます。それに通話中は場面があまり動きません。発言内容こそがインフォメーションになるので、読み手もスムーズに理解できるからです。
私はあまり使いませんが、「 」動作「 」という文体も、その工夫の現れだと思っています。たとえば、
「どうぞ、では、足もとにお気をつけて、ご乗船下さいませ」係員は腕を伸ばしてスロープの方を示す。途中から階段になっていた。「はい、そちら様は?」(198頁)
会話文で動作をサンドイッチすることで、軽妙な読みやすさを維持しながら、場面の動きを表現できていることが分かると思います。
本作品、統計的をとればおそらく、一対一で食事など動きのない場面での会話が多い。そこでキャラクターたちの機微を描き出している。そういった工夫があって、しかもミステリーとして成立し、ひねりまで聞いている。「むむぅ!」と読みながら唸るしかありませんでした。
4.会話しない会話
それともう一つ。挙げればきりが無いので、そろそろ控えますが、会話文の会話らしさを出す方法として、会話しないというやり方があります。「会話しない会話」って言ってるけど、べつにじんたねの頭は正常に異常ですよ!
「 」を続けると、そのつながりを意識して、つい前の「 」と、後ろの「 」との間に、つながりを持たせようとします。一番多いパターンは、前者の「 」で質問をして、後者の「 」で答えるというもの。「どうやってきたの?」「バスで」みたいなのです。
ですが、これは、現実的でもないし、ひねりもあまりない。まるで事務手続きのような会話になってしまって、キャラクターの機微が見えにくくなる。キャラクターの誰もが、話したい話題をもち、避けたい話題や無視したい話題を持っている。だから「 」と「 」との間には、おのずと力関係のつなひきが生まれます。相手の疑問を切り捨て、自分のペースに巻き込む方法論もまた、キャラクターの個性によって変わってきます。
A「愛しています」
B「酔っているな?」
A「いけませんか?」
B「切るぞ」(325頁。ABはじんたねによる補足)
書きながら、なんとも耳たぶが真っ赤になるような電話での会話シーンですが、ここに2人の関係や性格が表れています。
まず「愛しています」という発言があるのですが、その発言に正面から答えていません。なぜそんな発言をするのか――酔っているからだ、という理性的な応答があります。ここに照れを読み取るのは女子の性でしょうが、それはさておき。「酔っているな?」という質問に、今度は真正面から「いけませんか」と答えているのに、それには「切るぞ」と酔っ払いの相手をする気はないという態度が表れています。
会話というのは、おおむね、ベタよりもメタのほうが優位にたちます。揚げ足取りをなぜしたがるかといえば、そのほうが、自分がえらいと錯覚することができるからです。
ここの会話文でも、Aがベタに情報のやりとりしようとしているのに、Bはそれに真正面から答えない。Bのほうが優位にある――おそらくそれはAが惚れているから、ということが読み取れます。そしてAは酔っ払ったときに「愛しています」というような人物である。おそらくは素面のときは、緊張感のある性格か、やせ我慢をしがちであり、酔ったときに態度が大きくなるという予断を、読者に与えることができます。
たった4行です。ほとんど「はい」「いいえ」レベルの分量です。でも、それでも2人の関係がよく伝わってくる、会話であることが分かると思います。もしあの会話を、問いと答え、というワンセットで組み立ててしまうと、
「愛しています」
「ありがとう」
終わり。という味気ない会話になります。相手の質問には答えない。これは現実でも当然ある会話であり、小説のようなフィクションにこそ濃厚に反映させなければならないやりとりなのです。
5.ダジャレを言うのは誰じゃ
最後に。本作品の無駄話演出として、ダジャレが多く出てきます。
これは何も作者がダジャレ大好きだから・・・かもしれませんけれど、たぶん、理由は違います。ダジャレ、つまり言葉遊びというのは、かなり時代が変わっても通用する部分が大きいから、時流に乗っているギャグだと、すぐに読めなくなってしまうから、いわば普遍性のある無駄話としてダジャレを採用しているのだと思います。
「お前、草生やすなよwwww」
「って、生やしてるのはそっちだろ!」
なんて無駄話を入れるのは、私は恐ろしい。2ちゃん文化をしらなければ、面白いと思ってはくれないから。とりわけインターネット等の情報の廃れるスピードは尋常ではないほど速い。「いつやるの」「今でしょ!」なんて書いてしまうと、もう、ね・・・。
そういった流行廃りを避けつつ、無駄話を面白くするには、時代の制約を回避するように工夫しなければならない。そんなときに強い武器となるのが言葉遊び。当面、日本語というフォーマットは変更されないからです。そして日本語がある程度読めれば、そのギャグの意味していることが理解できますから。
そんな工夫もちらほらと見え隠れします。本作品の場合は、英語のことが多いですが。
なんだか、森博嗣でもライトノベルでも作品論でもなかったブログですが、まあ、いいじゃないか。面白い作品ですので、ぜひ、これを機会に。あと、本作品のタイトルである「演習」の意味。ぜひ手にとって考えてみてください。
(文責:じんたね)
次回作はコチラです!
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