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ライトノベルは斜め上から(5)――『これが異世界のお約束です!』

こんばんは、じんたねです。

まずはお詫びと説明を。前回書かせてもらったブログですが、内容が誤解を招きやすいものであり、ひとまず削除しました。そして今回、書き直したものを再掲載します。

趣旨は変わらないのですが、文体や論の流れなどを変更しています。

 

そして今回注目の作品はコチラ!

これが異世界のお約束です! (1) (ぽにきゃんBOOKSライトノベルシリーズ)

これが異世界のお約束です! (1) (ぽにきゃんBOOKSライトノベルシリーズ)

 

 

解題――メタ・ライトノベルあるいは不干渉の正義

 

1.作品内容

異世界ファンタジーのお約束、ちゃんと守ってますか?

 

ネット小説投稿サイト「小説家になろう」のコメディランキングを制覇した異端児の代表作がまさかの書籍化?!

本編の大幅な加筆修正に加え、まるまる書き下ろし「書籍化のお約束」の章を追加!

 

○イラストは人気漫画家のむうりあんが担当。

 

ここは剣と魔法のファンタジー世界。

数々の勇者さんたちが俺ツエーを体現し、そののちハーレムを築こうとする場所。

しかしそんな異世界には、必ず守らなければいけない『お約束』があった!

「チート主人公」「ロリ魔王」「ハーレム」「ギルド」「アテクシ系ヒロイン」「はいてない」「エタる」などなど、異世界の『お約束』フラグをすべて回収!

 

『お約束』に振り回されてはボケとツッコミを繰り返す、とある冒険者達のおかしな日常をご覧あれ!

 

2.メタ視点の異世界ファンタジー

本作品の魅力はなんといっても、『お約束』というキーワードを軸にして展開される、軽妙なキャラたちのボケとツッコミにあります。『お約束』は、このファンタジー世界を統べる法則であり、それに対するキャラクターたちの離反・接近の繰り返しが、短編集のような味わいで記述されます。

 

では『お約束』とは何か――ライトノベルにおける、お決まりの展開パターンです。ピンと来ない方もいらっしゃると思うので、本作の章タイトルを列挙してみます。

 

第一章:竜と出会ったら必ず戦うお約束

第一話:お嬢様は金髪縦ロールのお約束

第二話:賊は噛ませのお約束

第三話:竜はファンタジーのお約束

 

おおむねイメージをつかんでもらえたかと思います。本文を読めば、その妙味は一目瞭然となります。

 

 魔王、それはファンタジー世界において欠かせない『お約束』だ。

 大抵の場合、脈絡もなく世界を征服しようと企む魔王は昨今の女性による社会進出の影響を最も大きく受けており、今や男性を差し置いて女性の花型職業となっている(103ページ)

 

つまり、ライトノベル(主として異世界設定作品)において、定番となっている展開を作中において指摘しそれから距離をとることによって笑いや面白さをかもす。それが本作の基底をなしています。すなわち、これはメタ・ライトノベルなのです。

 

私がなかでも好きなのは、とあるシーンで炎属性の魔法を使おうとするとき、周辺の温度が上がり過ぎるから自分たちも無事ではすまない、というツッコミが入ったときです。もちろん『お約束』だから心配ない、という台詞でそのシーンを切り抜けるのですが、「おいマジか!」って笑いながら読みました。

 

思い出せば『幽遊白○』もまた、局面がシリアスになると、それまで続いていた内的論理を裏切り、(このマンガはゲーム的な展開に従いますよ、という)メタ視点の入ったギャグパートによって切り抜けるという作風を持っていました。あの頃から続く、メタ視点によってストーリーを前進させるという方法論は、本作品において極まったと言ってよいでしょう。『お約束』は――意外に思われるかもしれませんが――正統的な文化遺産のうえに建てられた結晶体のような作品なのです。

  

3.メタの役割――その距離感が生み出すもの

メタ視点をとることの意味は、対象から距離をとることにあります。メタ視点は、俯瞰的視点にもたとえられます。とある異国の地で、地図を頼りに、目的地に向かう。手元に地図もなく、街の全体構造も分からないまま、右往左往すれば、異国の住人として路頭に迷ってしまうでしょう。でも地図――俯瞰的視点=メタ視点――があれば、自分のいる場所を冷静に把握でき、全体図から相対的に、自分の立ち位置を知ることができます。メタ視点に立つことは、知的な行為なのです。

 

メタ視点。それを採用することには、さまざまな機能があります。ここではとりあえず、2つほど挙げてみます。

 

(1)共同性の確認

メタ視点は、特定の文化が――おそらくは暗黙のうちに――従っているコードを顕在化させることができます。自分たちのやっていることを冷静に振り返ると、これまで気づかなかったことに意識を向けることができるからです。

 

たとえば、お辞儀のことを考えてみます。いわゆる「日本人」と呼ばれる文化集団にいれば、日常的にお辞儀をすることが多いと思います。ですが、他国の文化を知らずに、それを自然に受け入れていると、お辞儀をしている自分たちに気付かない、いや、特殊な行動をとっているのだと分からないままです。

 

ですがメタ視点にたって、コレコレのときはお辞儀をしている、と俯瞰的に眺めることができれば、そうしている自分たちを相対化し、お辞儀という特殊な行動を反省することができます。

 

メタ視点で文化を記述することは、その共同性を高めることにつながることがあります。結束力が強くなったり、同質性が濃ゆくなったり。

 

「私たちって◯◯しているよね」

「そうよね」

 

という共通点をメタ視点で切り出し、他者と共有することは、その当事者間の連帯意識を高めることができます。よくコミュニケーション技術の教本に「相手との共通点を見つけて話題にしよう」というものがありますが、これもベタな状態で、コミュ障をするんじゃなくて、一歩引いて冷静になって、お互いの共通項を探しだせという、メタ化のススメであると言えるでしょう。

 

(2)冷却機能

ですが、文化の共通点を指摘するという行為は、同時に、その文化が「唯一絶対のものではない」ということを指摘することにもなります。メタはドライな態度を伴うので、その対象への没入を難しくもしてしまう。

 

文化の共通点を指摘することは、それを指摘する人が、その文化に没頭して「いない」ことを暗示します。「「私たちって◯◯しているよね」の主語を「君たち」に変えると、よく分かります。

 

「君たちって◯◯しているよね」

 

こう言われているとすれば、どう感じるでしょう。自分のやっていることを冷静に指摘されたというか、驚くというか。人によっては馬鹿にされたとすら感じるかもしれません。これはメタ視点がもたらす冷却機能に由来します。

 

こんな経験はないでしょうか。新しい趣味――ここでは社交ダンス――を始めたとします。始めたばかりだから、知らないことばかり、できないことばかり。あれこれ試行錯誤しながら、日々それに没頭し、練習し、お祭り騒ぎのように楽しむ。ところがある日、偉い先生から「つまり、ここのステップが▽▽で……」とメタ視点で指摘を受ける。すると、できなかった自分が恥ずかしくなりつつも、ちょっと没頭している熱が引くような感覚。

 

メタ視点嵌まっている状態を冷却する機能があります。

  

4.メタ視点の物語は可能か?

メタ視点は知的な営為であり、共同性を確認したり、冷却機能を伴ったりすると、述べました。ここで1つの問いを、敢えて提起してみます。

 

――メタ視点の物語は、楽しいのだろうか?

 

メタ視点に立ちながら、何かに没頭することは難しい。「竜と出会ったら必ず戦う」という『お約束』を気にしながら、主人公の勇者が竜と出会い、攻防一体の激戦を展開するシーンを、鼻息もあらく読み耽ることは、かなり難しい。少なくとも、それに嵌まっている期間は、メタ視点ではなくどっぷり『お約束』につかることになる。

 

奇妙なたとえ話ですが、こんな寓話があります。踊りがとても上手なムカデに対して、カエルが嫉妬まじりにこう言います。「素敵なステップだね、是非教えておくれ。具体的に何番目と何番目の右足を、いつ動かしているんだい?」。心よくカエルの質問に答えようとしますが、いざ冷静になってみると、自分がどう踊っていたのか分からない。次第に混乱が広がり、ムカデは踊れなくなってしまう、という話です。将棋でも、それに没頭している間は、メタ視点にたってルールがどうなっているかなど考えません。

 

ライトノベルに話を戻しましょう。私が敢えて問うたのは、こういうことです――異世界ファンタジーに没頭しながら、『お約束』をメタに捉えることはできないのでは? 両立可能だとしても、そこにはアンビバレントな態度を維持する努力が横たわっている。

 

5.『お約束』から、漏れているたった1つの『お約束』――メタ視点を支える暗黙の了解

メタ視点をふんだんに散りばめ、それを題材にボケとツッコミが繰り広げられる『これが異世界のお約束です!』。どうしてメタ視点を維持しつつも、面白い内容になっているのか。さきほどの冷却機能のことを考えると、読者を作品に没入させることができないはずなのに。

 

そう、ここに本作品に仕掛けられたあまりにも巧妙な、叙述トリックがあります(なんだかミステリーの煽り文句みたいですね・・・)。本作品は、あらゆる箇所で『お約束』に言及し、異世界もののコードを暴露するどころか、それがネットに掲載されPVを稼ぎ、書籍化する流れまでをも指摘します。その徹底した描写は(ほんと徹底している)、あらゆる『お約束』を踏まえているように読者に感じさせます。

 

ですが、ある、たった1つの、とてもありふれた『お約束』が、実は指摘されていないのです。あれほどの知的な書きぶりにもかかわらず、とてもオーソドックスな『お約束』を、意図的に、敢えて、書いていない。作品紹介に「異世界の『お約束』フラグをすべて回収!」とうたわれているにもかかわらず。

 

『主人公が醒めていて、作内の女性にたなびかない』

 

これが、少なくとも1巻の段階では、まったく指摘されていないのです(見落としがあるかもしれませんが)。異世界作品に限らず、冴えない男子主人公というのは『お約束』ですし、本作品も、それを踏襲している。冴えない主人公がハーレムの主になるという快楽原則をつくというライトノベルの『お約束』。作中でハーレムの形成やチョロインあるいはフラグコントロールなどは、しっかり言及されているのに、ここだけが、ない。なぜか。

 

それはこの物語の主人公が、読者に没入を提供するための、メタでない視点=ベタ視点として機能しているから。

 

そんな主人公である勇者に、読者は感情移入し、異世界の『お約束』をコミカルに指摘して楽しむ。ここに作中唯一のベタ視点があると、私は考えています。もし『主人公が醒めていて、作内の女性にたなびかない』という『お約束』を指摘してしまっては、ベタの余地がなくなってしまう。メタ視点を楽しむ足場が、読者から失われてしまう。だからこそ、その『お約束』だけは指摘しなかったのではないか。

 

6.不干渉の正義

私は、作者のスタイルにこだわりを感じます。ライトノベルの『お約束』についてメタ視点で語り、それへの価値判断をくださない。(もし、特定の『お約束』がよいのだと、判断を下していれば、それを暗黙の了解=ベタとしたライトノベルを書くのが手っ取り早いはずだから)。あくまでもニュートラルに徹する

 

もの書きであれば、1つや2つ言いたいことがある。それが偏っていることも往々にしてある。そしてそれはどうしてもベタにならざるを得ない。だけれど、本作品において、作者の偏りは――主人公のあの『お約束』を例外として――ない。

 

メタ視点にとどまるのだという決断にこそ、その独自のベタ色が見えている。どこまでもバランサーとしてのベタにこだわるメタ・ライトノベル

 

ライトノベルはどれも面白い。合う・合わないはあるだろうが、その個性は尊重されるべきだ。ライトノベルにはこんな『お約束』があって、私たちはそれを楽しんでいるんだよ」

 

徹底的にメタ・ライトノベルであることで、そう主張しているように、私には映ります。上述のメタ視点の機能にあった(1)共同性の確認。これが本作品のモチーフであり、エンターテイメントの核であると考えます。

 

読者もまた『お約束』について通暁していることを前提にし、その楽しさを確認する。ライトノベル文化を愛しメタ・ライトノベルとして作品に昇華させる知性。あの(失礼!)表紙イラストの印象とは異なる、ノリだけでは決してストーリーが進まない冷静さ。

 

情報化時代を迎え、比較対象の溢れるなか、ものごとを冷ややかに見がちなってしまう私たちに対して、それでも没頭できるエンターテイメントを提供している本作品。自信を持っておススメする現代にふさわしいライトノベルです。

(文責:じんたね)

 

次回の作品は、こちらを予定しております。